スティックの材料 毎日の演奏に欠くことのできない楽弓は、ブラジル原産の密度が高く硬く赤い材木、ペルナンブコ材 (Pernambuco)から製作されます、この材木はブラジルの東部大西洋岸原産でこの地域の地名 Pernambuco州(州都はRecife)が名前の由来。学名はCaesalpinia Echinata、マメ科の植物、古くはブラジリン(brazilin)という赤色の色素を得る染料として利用されてきました。 このペルナンブコは木材としては驚くほどの強度を持ちます、これは微細な木繊維による高密度性と この繊維の複雑で強固な全方向への絡み合いによってもたらされるものです、 よって強度のみならず飛躍した弾性も特質すべき特長です。強さと弾力性を持ち合わせたペルナンブコ材、これこそ楽弓にふさわしい木材といえましょう! スティックの管理 さて、話は変わります、このペルナンブコ材から出来る楽弓、どんなに高密度で硬く強いとしても 演奏上の”腰と粘り”を残しつつ、素早いレスポンスを得る為に極限まで削り出されてしまいますと 恐ろしいほどに繊細で脆い、諸刃の剣的なものとなってしまいます。 特に弓先の直径数ミリしかないポイントには、毎日演奏の中での全ての瞬間において大きな大きなストレスがかかっています。 しかしどうぞご安心下さい、大きなストレスとは言えど先程ご説明したとおり、ペルナンブコは 微細繊維の強固に絡み合う弾性に富んだ素材です、通常の奏法で生じるトラブルはほとんどありません。 私共の工房に持ち込まれるトラブルのそのほとんどは管理の問題によるトラブルです。 詳細なご質問は個別にお答え致しますので、直接 お問合せ頂くとしましてここでは ごく一般的で基本的な管理法や注意点をご紹介いたします。 お手入れ まず、演奏後には弓の裏側に付着した松脂を綺麗に落としてください、この際乾いたやわらかい布で 無理にこすらず優しく拭き取られることをお勧めいたします、演奏後に毎回お拭きとり頂ければ 必要ありませんがしばらくそれを怠たってしまうと松脂が積み重なり真っ白い層となってしまいます、 この時は専用のクリーナなどをお使いいただくと良いと思いますが、決して溶液が弓毛に付かないよう十分にご注意下さい。 練習や演奏の合間には必ず毛を緩めるようにしてください、無駄なストレスからは出来るだけ 開放してあげた方が弓には優しいと思います、ケースに収納する時はもちろん5分や10分の休憩の間も必ず緩めてあげてください。これはクリーニング以上に徹底されるべき重要な事柄です! 毛替 また、弓毛については演奏される度に磨耗しさらに古い松脂が毛の中に蓄積され、汚れなどを引き寄せ 徐々に黒くなってきます。この層となった古い松脂を綺麗にクリーニングすると言う観点から馬毛を洗う選択肢もあると思いますが毛の磨耗(キューティクルの損傷)についてはカバーされない為、私共ではお勧めしておりません。よって定期的に毛替をして頂く事をお勧め致します。期間に感しましては 演奏の頻度により異なります、一般的には演奏家の方でメインにお使いになる弓であれば3ヶ月、愛好家の方であれば6ヶ月、どんなにお弾きにならなくても1年に1回は毛替をして頂くことで一定のコンディションを維持できると思いますがこれはお弾きになる方それぞれの感覚でご判断頂ければよろしいかと思います。 保管 このお話は弓の健康管理に大きく関わってきますので大変重要です。 ペルナンブコも馬毛も温度や湿度の影響を大きく受けます、まず温度に関しては夏場の車中への置きっ放し、冬場であれば暖房の近くでの保管、また一年を通して急激な温度の変化など、あらゆる危険にさらされております。スティックで言えば極度の乾燥は弓の破損に繋がります。先ほど”通常の奏法で生じるトラブルはほとんどありません”とご説明しましたが”演奏中に折れてしまった!”というケースもしばしばございます。 これは演奏中の問題ではなく実はその前の保管の段階での問題で、長期の乾燥状態によりスティックの繊維内の水分量が下がり、ペルナンブコ本来の弾力と粘りがなくなった結果、普通の演奏でも破損してしまったという事です。 また冬場に”なんだか急に毛が短くなって毛を緩めても緩みません!”という方が稀にいらっしゃいますがお話をお伺いしますと、ご自宅での作品を保管される場所が暖房の近くであったり、湿度が低い時期にも関わらず加湿器を入れていらっしゃらなかったり・・・。長期に渡る乾燥により馬毛が収縮してしまったケースがほとんどです。逆に梅雨の時期には”毛が伸びてしまったようです”とのご意見も頂戴しますが、これは単純に多湿が原因で馬毛が膨張し伸びてしまったという例がほとんどです。 馬毛は湿度により収縮と膨張を繰り返します、馬毛の種類により変化が大きいものと小さいものがありますが、どちらにしましても湿度45%〜60%が理想です、私共の工房及び店内は年間を通して温度と湿度が理想的に維持されておりますので馬毛の長さもほぼ一定を示し健康的な状態で管理されています、しかし毛替され外に出て一気に、乾燥・多湿の環境にさらされると変化が始まります、もちろん数時間では大きな動きはありませんが数日間続いてしまうと目に見えて変化して参ります、特に収縮が過ぎますと緩めても緩まず常に毛が張られた状態になってしまい、スティックにストレスがかかりっぱなしと言う事になります。弓はもちろん、楽器本体の為にもケース内の温湿度管理はしっかりとしてあげてください。 私共の工房では、一定の温湿度で管理して頂ける事を前提としましても、真冬と梅雨の時期で 湿度管理を一様に行うことは難しいと考え、春・夏は短めに、秋冬は多少長めにセッティングしております。 これらにつきましては毛替される間隔や馬毛の種類、毛替のお好み等により 細かに調整いたします 個別にご指示下さい。 修理・修復 スティックが折れてしまったりひびが入ってしまった時、この時は信頼のおけるお近くのプロの弦楽器専門店へ依頼してください、プロの職人であれば特別な問題がない限り折れてしまった弓でも、ひびが入った弓でも元の様にしっかりと修復してくれるはずです。しかし弓の修理は大変困難で、一度修復され元通りになったとしても再び同じ場所から亀裂が始まる事もしばしば、また弓の作品としての価値も著しく損なわれますので日常からの管理が大切になってきます。 モダンからオールド弓にかけてはフロッグ、リング、ボタン、チップ等の修理・交換が必要となるものも ございます、最も簡単で確実なのは全て交換してしまうことかもしれませんが、私共では作品のオリジナリティーを残すため、”最上のそして最小限の修復”を心がけております。 数十年から100年以上もの間に育まれた作品の持つ歴史・雰囲気をしっかりと残しつつ、現代の演奏に対応しうるパフォーマンスを発揮できるよう、作品に忠実に修復・補強・調整等をして参ります。 反り直し 数年演奏されると、弓が左右に曲がってくること、または反りが少なくなることがあります、 初期の段階では先程もお話したように、しっかりと緩めてあげてしばらく休ませてあげる事などの 処置で改善されることもあるでしょう、しかしそれでも不十分な場合には弓に熱を加えて曲げてゆく反り直しと言う作業をする事となります。この作業は弓にとっては大手術のようなもので、反りの入れ方によりそのキャラクターが大きく変わってしまうこともあります。まず許容範囲内の左右の曲がりに関しては、熟練した職人であれば毛替によって修正することが出来ます、弓に熱を加える作業を回避することが出来るので本格的な反り直しの前に一度お試しいただく価値はあると思います。 次に反りに関しましては、最初の段階から反り直しの作業をして頂くことになりますが、 まずこれらをご希望されるお客様の作品(弓)の中には、反り直ししてもすぐに元の様に 戻ってしまうものも多くございます。それは既に弓の素材(木材)が疲労しており、すっかり腰が なくなってしまったからです。もちろん作業後しばらくは気持ちよくお弾き頂けると思いますが そのうちまた緩んでしまいます、これは元々の材料の問題だと考えられます。 質の高いペルナンブコ材は非常に長い期間、これらの数多くのストレスに耐え、長年現役として 活躍しております。 色々とお書きしましたが演奏・練習あとには必ず磨き、温湿度管理・普段の取扱いにさえ 注意すればこれらの問題のほとんどを未然に防ぐことが出来ます、とても簡単なことです 皆様の大切な作品をしっかりと可愛がってあげてください。 |